Fujimondの blog

Fujimondです。 富士から世界へフジモンド 20数年間プロダクトデザイナーとしてお客様に選ばれ続けてきた代表が、本気で日本人好みのボディーバッグを作りました。 日本人ならFujimond 男は黙ってFujimond 目指したのは本革の高級感 使いやすさと洗練されたデザインです。 2020年Fujimond設立本革ボディバッグデザイン企画 2020年Fujimond本革ボディバッグFM-body01k完成 Fujimondオリジナル本革ボディバッグFM-body01kは、6月販売予定です。 FM-

ラインスタンプ視察の旅~東京ビッグサイト~東日本大震災の記憶

次回ラインスタンプの構想を練るため、今回はビッグサイトで行われているジャパンショップに視察に来た。


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車で3時間、200キロの道のりはなかなか大変だが、今回は色々と収穫があったので良かったです。

 

 

 

数年前に行った時は2011年3月11日

 

そう、東日本大震災の日です。

 

日々の出来事は大抵忘れていきますが、

えらいもんで、6年も前のあの日の事は割りとしっかり覚えております。

 

午後3時頃、一通り展示を見た我々は、車で帰ろうとしていました。そこへ大きな地震です。

立っているのもやっとでした。

 

私はビッグサイトの大きな柱にしがみついていました。

揺れが収まり外へ出ると、ビルがゆらゆら揺れていました。

 

展示物が落下し、流血して、担架で運ばれていく人が何人もいました。

 

我々は急ぎ車にのり、帰ろうとしますが、首都高の封鎖です。

 

下道から東名高速道路を目指します。

 

当然大渋滞で、街は帰宅難民で溢れていました。

 

そして4時過ぎに宮城県が大津波に呑み込まれたとの情報を聞きました。

 

やっとのことで東名高速に乗ったのは9時頃でしょうか。

 

東名高速は驚くほど空いていて、まさに都心を脱出したという感覚でした。

 

しかし、富士まで行くと、今度は由比で通行止めです。津波警報のためです。

 

完全に車が動かず、5時間ほど足止め。

 

午前2時半すぎ。どうにかこうにか富士インターを降りることができ、

 

実家がちょうど富士にあるので、立ち寄り、仮眠をとることにしました。

 

津波警報が解けたのは午後3時。我々は、ようやく帰ることができたのです。

 

東日本大震災は皆さん一人一人に色々なことがあったと思いますが、これが私の3.11です。

 

震災で亡くなられた方に心より御悔やみ申し上げます。